会社が倒産しそうな平社員のはなし

病気から復活したら、今度は会社がピンチでした。

父親に頭を水道へつっこまれた話

それは、私がまだタイの日本人学校に通ってきた頃でした。
私のいた学校では当時「夜寝るときに三つ編みをして、朝学校に行く前にほどいてパーマをかける」という他愛もないおしゃれが流行っていたのです。


先にそのブームに乗ったのは、当時小学1年生だった妹で、妹が1週間くらい三つ編みパーマをかけて出かけていくのがあまりにも可愛かったので、自分もやってみようとマネしてみました。
夜のうちに母親に髪を編んでもらい、次の日の朝、ワクワクしながら三つ編みをほどくと、憧れのふわふわの髪になっていたのです。
その時の嬉しかった気持ちは、今でもしっかり覚えています。

 

その後の出来事が衝撃すぎたばっかりに、ですが。

 

ふわふわパーマで浮かれたまま家を出ようとした、その時です。
一瞬カミナリが落ちたんじゃないかと思うくらいの大音量で、

「なにをしとんだオマエは!!」

という怒鳴り声と共に、後ろから頭を掴まれました。

 

何が起きたか分かっていない私は、そのまま頭を持って引きずられ、洗面台に頭をつっこまれました。
頭上から降ってくる水を後頭部で受けている間、私はさまざまな事を考えていました。
これまで1週間、妹は同じことをしていても怒られなかったのに、なぜ私だけ怒られたんだろう。
今から学校に行くのに、服も肩まで濡れ、なんでこんな目にあってるんだろう。
そんな感じのことだったような気がします。

 

父のあまりの怒りっぷりに、母も呆然としてしまい、止めに入るまでに少し間がありました。
私の幸運は、こういう時に母が見て見ぬふりをするのではなく、ちゃんと止めに入ってくれる親であったことだと思います。

 

当時の事を思い出しても、私の中に強く残っているのは、父に対する恐怖よりも「なんで私だけ?」という理不尽な気持ちだけです。

その証拠に、母が替えの洋服を出してくれ、髪を乾かそうとしてくれるのも聞かずに、髪をゴムで一括りにし、濡れたままの状態で学校へ行きました。
母は「髪はそのままでもいいよ」と言ってくれましたが、泣きながら自分で髪を結んで登校しました。

意地でも父の理不尽に対し、屈したしおらしい態度を見せたくは無かったのです。

あと、確かその日の服が、私が一番好きな服だったから、というのもあった気がします。

 

その後、母と父は話し合いをしたらしいのですが、驚いたことに父は妹も同じ髪型を、しかも1週間も続けていたことに気づいていなかったようです。
それだけならまだしも、父は「妹は次女だからいい」と言っていたことを、後から知りました。
この言葉は、私が実家を出るまで何度も聞いた言葉です。

 

長男だから、長女だから。
よく聞く言葉ではありますが、私にとってそれは、父親に対する信頼と情をいっぺんに失う言葉でした。
家を出て、距離を置いた今でこそ顔を合わせれば挨拶程度の会話はしますが、それでも必要以上の会話はしませんし、私は父の連絡先さえ知りません。


今では父の事は時代遅れのガンコジジイと思って何を言われても気にしない様にしています。
まあ、メッキみたいなものなので、そのうち剥がれるかもしれませんけどね。